妙高山雲上寺 宝蔵院日記 第三巻
妙高市教育委員会編集 15,000円(税別) A5判・上製箱入・670頁 ISBN978-4-86215-089-9 ★宝蔵院は、越後国の関山三社大権現の別当寺として成立し、室町戦国期には、堂塔が立ち並ぶ大寺院となったと伝える。惜しくも、天正10年(1582)織田信長軍の兵火にあい焼失したが、江戸時代に天台宗東叡山寛永寺の末寺として幕府の保護を受け、「妙高山雲上寺宝蔵院」と称し、社領一〇〇石の寄進を受け再興された。北国街道の要地にある当社には越後国外からの参詣者が絶えなかったという。 ★宝蔵院には、江戸時代の正徳二年から慶応四年までの日記が書きつがれ残されている。日々の宗教行事を始めとして、政治・経済・民俗・交通・気象・災害などの記録が書き込まれた本史料は全国でも希少な歴史資料である。 ★本巻にはその日記のうち、天保9年から順年に慶応4年までを収める。 ★全三巻完結
★宝蔵院は、越後国の関山三社大権現の別当寺として成立し、室町戦国期には、堂塔が立ち並ぶ大寺院となったと伝える。惜しくも、天正10年(1582)織田信長軍の兵火にあい焼失したが、江戸時代に天台宗東叡山寛永寺の末寺として幕府の保護を受け、「妙高山雲上寺宝蔵院」と称し、社領一〇〇石の寄進を受け再興された。北国街道の要地にある当社には越後国外からの参詣者が絶えなかったという。 ★宝蔵院には、江戸時代の正徳二年から慶応四年までの日記が書きつがれ残されている。日々の宗教行事を始めとして、政治・経済・民俗・交通・気象・災害などの記録が書き込まれた本史料は全国でも希少な歴史資料である。 ★本巻にはその日記のうち、天保9年から順年に慶応4年までを収める。 ★全三巻完結
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